2022年10月15日
井上啓太医師 毛髪再生のアプローチ
今回は、アヴェニューセルクリニック院長の井上啓太医師より、「毛髪再生のアプローチ」についてご紹介いたします。
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毛髪再生のアプローチ
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前回では、毛髪が毛包という袋のような構造から生えて出てくるということ、また、その毛包は二重構造になっており、外側が間葉系、内側が上皮系になっていること、さらに、上皮系の細胞が間葉系の突起物である毛乳頭に接したところで一気に増殖して毛髪を形成することについて解説しました。
間葉系の毛乳頭に上皮系細胞が接近すると、毛乳頭から上皮系細胞にむけて「毛髪をつくれ」というシグナルが伝達されることが毛髪の形成にとって特に重要なポイントとなっています。このメカニズムを背景にさまざまな毛髪再生の研究がなされてきました。その中でも、もっともエポックメイキングであったのが、1993年にWendy C. Weinbergというアメリカの研究者が発表した毛髪再生実験でした。
彼女はまだ黒い毛の生えそろわないマウスの胎児の皮膚を二枚にはがすように間葉系と上皮系に分離し、たんぱく質消化酵素で溶かして、一旦それぞれを細胞単位までバラバラにしました。一般的に、臓器を一度細胞までバラバラにしてしまうと、もとの臓器の形に復元することは不可能です。しかし、驚くべき事に彼女はこれら2種類の細胞をどろどろに混ぜ合わせて、ヌードマウスの背中に埋め込んだドーム状カプセルの中に移植し、2週間ほどでカプセルの内側にフサフサとした黒い毛を生やすことに成功しました。間葉系と上皮系の2種類の細胞が混ぜ合わされて互いに刺激し合い、本来は毛髪の無いヌードマウスの皮膚の上で毛髪を形成したのです。
賢明な読者の皆様はもう気付かれたと思いますが、この実験での成功は人間の薄毛に対する再生医療の実用化を考える上で非常に重要な出来事となりました。つまりは、この実験と同じ方法で人間の毛髪(毛包)を数本切り出して、間葉系と上皮系に分離し、それぞれを細胞培養によって十分に増幅し、それらを再び混合して禿げた頭皮に戻せば、毛髪が大量に再生できるのではないかと期待されたのです。
しかし、Weinbergの研究が1993年、今日は2021年ですから、もうすぐ30年が経過しようとしているのに、まだそのような再生医療は実現していません。
なぜでしょうか?
最大の要因と考えられるのが、マウスと人間、そして、胎児と成体(おとな)の細胞の能力の違いです。動物細胞の再生能力、胎児細胞の形成能力は非常に高く、おとなの人間の細胞で同じことができるかというと、やはり簡単ではないのです。また、マウスではドーム状カプセルを使って細胞を移植するのは可能ですが、人間の頭皮に同じような方法をおこなうのは現実的ではありません。
この例は動物実験から臨床応用に至ることが如何に難しいかを物語っており、実際にはWeinbergの方法とはまったく異なるアプローチによる再生医療がひろく行われるようになっています。これは、脂肪由来幹細胞を用いた方法、血小板を用いた方法などであり、次回はそれらをご紹介したいと思います。
【アヴェニューセルクリニック 井上院長プロフィール】
日本形成外科学会専門医/医学博士/東京大学非常勤講師/自治医科大学非常勤講師
/静岡がんセンター特別非常勤医師/下肢静脈瘤血管内焼灼実施医
経歴
・東京大学医学部 卒業
・東京大学形成外科助手
・埼玉医科大学形成外科助手
・静岡がんセンター形成外科医長
・コロンビア大学皮膚科